1999年8月7日
夕方自宅を出発し、夜の8時に河口湖口、1合目駐車場に到着。ここからシャトルバスで行くことになる。薄明かりの駐車場で身支度を始めるが、何せ真夏から真冬の格好に変身する。これが結構悩むところで、タイツを履くか履くまいか?
途中までは暑いが山頂は寒い。ああでもない、こうでもない、と考える。
シャトルバスは満員で若者の姿がやたらと目立つ。おや・・・、前に座ってる若い子が杖(富士山の旗の付いてるやつ)を持っている。それも、かなりの年期ものの杖、親から譲り受けたものであろうか?子供の頃に使ったものか?よし、今年こそ登頂の暁には、あの杖をもってかえろう。などとひそかに考えていると、
何と、あろうことか背の高い観光バスが我々の乗ったバスを抜いていくではないか。それも1台や2台ではない。抜かれっぱなしである。
乗ったときからからなんとなく感じてはいたが、このバスは遅い。遅すぎる。
あまり遅いので、海老名のサービスエリアで買ったメロンパンを食べる。これが結構いける。
そうこうしてるうちに5合目に到着。
さっきまで降り続いた雨も上がり、出足良好!!
午後10:00 さあ、これから山頂目指して過酷な富士登山が始まる。
今年は2度目ということもあり、多少気持ちに余裕を持って出発する。が、しかし、ふと気がつくと辺りがやけに静かなのだ。さっきまで後ろで聞こえていた話し声も今はない。振り返ると、周囲には私、妻と友人以外、誰もいない。な、何と道を間違えたのだ....。
不安を抱えつつ、細い登山道を登ること30分、ようやく6合目の山小屋を発見。大勢の登山者が休憩している。とにかく一安心。ほっとしたのもつかの間、雨が降りだし雲の中。カッパを着てまたもや不安な思いで登る。それにしても暑い、どうもカッパは苦手だ!
ジグザグ道をひたすら登る。すると、さっきまでの不安を吹き消すように、山小屋の明かりや山頂に向かって延びる懐中電灯の明かりが目に飛び込んだ。
見上げると満天の星空、まさしく空一面☆だらけ、おまけに流れ星付き・・・これだけでも来た甲斐がある。きょうは運良く三日月だ、満月だとこんなには見られない。
7合目の山小屋の前で休憩する。(一歩でも中に入ると”お泊まりは五千円です”と言われる)山小屋の周りは相変わらず混んでいる。寒くなってきたのでセーターを着込んで出発する。
しだいに登山道が岩場になってきて渋滞し、気温もさらに低くなってきた。
親子連れが登っている。子供を一生懸命励まし登ろうとしているが、その子は高山病にかかったみたいだ、残念ながら下山するしか・・・。去年、次男が高山病になったのもこの辺だ。小学生には限界かもしれない。我々も反省している。したがって、子供たちは家で留守番。(二度と行かないかも)
8合目の赤い鳥居に到着。しかし、このときすでに午前2時、山頂での御来光はあきらめる。8合目からが長い。標高3000mを越えると急にきつくなる。かなり辛い。
今日の日のために、ここ1か月毎日のように、自宅から池上本門寺まで(片道2km)歩き、参道の階段を上り下りしてトレーニングしたが、その成果が出てない!!
かなり苦しい。しかし、早く上の山小屋まで行かないとと気ばかり焦る。
午前4:00 クルシイ思いをして、本八合目の山小屋「富士山ホテル」にたどり着く。
なんとか、予定した時間に到着。ここがポイント(御来光の時が近づくと、みんな一斉にカメラを出したりとその場で立ち止まる。そうなると、登山道は、前に進むことができなくなる。また、山小屋に入る事もできなくなる。気温はだいたい5度前後、風が吹くとかなり寒い。)
御来光までの間、山小屋で休むことに。(本当はもう歩けない)なんとか詰めてもらって座ることができラッキー。残念ながら後から来た方々は、小屋の中に入れません。
ほっとしたのもつかの間、今回、持参したバームウォーター、ウイダーインゼリーおまけにアミノバイタルの飲みすぎと疲労で食欲がない。しかし、山小屋に入ったからには何か注文しなければ・・・。
注文したうどんとココアを無理やり飲み込む。あぁ気持ち悪い。妻、久美子はラーメンバカ食い。絶えずお腹がすいているようだ。信じられない体力。
疲れているとき飲むココアは最高に美味いはずだが・・・・。
山小屋を出ると夜が明けてきた。空が暁色に染まり輝きだす。気のせいか疲れもとんだ気がする。
雲の上から太陽が顔を見せ、御来光の瞬間だ...山小屋のスピーカーから「君が代」が流れ、山小屋のお兄さんの音頭で万歳三唱する。(なんだかよく解らないが一緒に万歳する)
山小屋のおやじさんが言うには、ここから山頂まで、今日は混んでいるから3時間以上かかるという。とにかく山頂目指して登り出す。
あたりもすっかり明るくなり歩きやすいが、さらに息が苦しくなり30メートルも歩くと息が上がり歩けなくなる。(ちょうど100mを全力疾走した後のハーハーした感じ)これの繰り返し。山頂までは渋滞しているが、これが助かる。ちょうどいいペースのようだ。ガイドなどに”登山のコツはマイペースで登ること”と書かれているが、ようやくこの意味が理解できた気がした。
そのころ久美子は100人抜き真っ最中?!?!?!?

午前6寺30分 富士山山頂に立つ
もう限界を越えている!!!天気は快晴だが、景色を眺める気にもなれない。HAーHAー息苦しい、頭が痛い、気分は最悪。
久美子は、絶好調!!土産物を物色している。 怪物だ・・・
山頂の焼き印と旗の付いた杖をもらう。(危なく忘れるところだった)
「富士山は見るもので登るもんじゃない」と後悔し早々に下山する事にする。
3時間かけようやく5合目にたどり着く。
昨夜とはうって変わって、レストハウスは観光客でごったがえししている。山頂まで登ったという優越感を感じる。
気分もすっかり良くなってきた。昨夜、ここで買ったままのおにぎりを食べながら、これから登るという中年のおばさん達(私は中年のおじさんか?)に、あれやこれや聞かれ得意そうに話をする。
下りは速いシャトルバスで車に戻り、15時間ぶりに重いトレッキングシューズを脱いだ瞬間、富士登山が終わったんだと実感する。Tシャツと短パンに着替え8月の2週目の日曜日、渋滞のまっただ中帰路につく。
山中湖あたりで窓から富士山が見えた。「あぁ、あの雲の上の頂上まで行って来たんだ」という満足感が胸をいっぱいにする。遠くで見ていただけでは分からないその感動を!!!。
それにしても・・・
1999年 夏
綱島 康洋
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1998年8月9日
富士山八合目から

1999年8月7日 富士山八合目から

2000年7月30日 富士山山頂から
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第8回まほろば国際マラソン
Apl.18 1999
電車を乗り継ぎ相模大塚駅に到着、ここから米海軍厚木基地までシャトルバスで行く。バスを降りると手荷物検査があったりして、まるで米国に来たみたいだ。
受付を済ませ、ホワイトハウス(ホワイトハウス以外と小さい?)前の芝生にテントを張っていると、な・何と雨が降り出し、慌てて体育館へ移動する。既に体育館の中はランナーで一杯になっていたが、妻(久美子)が本領を発揮して広い場所を陣取った。あとから来た人の視線か冷たい。家族4人では広すぎるか???
スタートまでまだ時間があるが、早々に着替えをし何度もトイレに行く。(変に緊張している「うんこ」もしたいがでない。)
アミノバイタルやら何とかウオーターを飲み、スタート地点に向かう。
雨は、相変わらず止む気配がない。スタートまで、あと15分
今回は、買ったばかりの50ラップメモリー付腕時計をはじめて使う。時計ばかりいじってる。これが結構たのしい。(多分最初だけ)
スタートの順番はゼッケン番号順になるが、前回、館山10qの時は最後尾スタートで、前に出られず大苦戦した。この経験を生かし、ちょっとずるして前の方に並んでスタートを待った。 が、しかし・・・・
いよいよスタート、
スタート直後は混雑のためゆっくりとしたペースだったが、これが次第にハイペースになってしまった。かなり速い!! しまった!! 前からスタートしすぎたのだが、後の祭り。(遅い人は後ろからスタートが正解。) あと21q
何とか最初の1qを4分前半で走り、結局4qまで4分台で走ることになった。
まずい!! このままでは5qでダウンすると思い、ペースを下げたが「ツライ」
息は上がりっぱなしで戻らない・・・
後続のランナーにどんどん抜かれていく〜 !!!
コース上(滑走路)のいたる所に水たまりができているが、もうよける気力がない。
何でこんな「苦しい」事をしているんだ????もうやめたい!! あと16q 後悔・後悔・後悔する。
遅そうな奴を見つけては、何とか着いていこうとするが、振り切られる。無念!
年寄りは、見かけ以上に速い。恐るべし!
気晴らしに、滑走路脇の航空機・消防車なんかを眺めてみるが、やっぱり「ツライ」
見るのも「ツライ」とても気晴らしにはならない。滑走路は延々と続く。
もう何百人抜かれただろう。やっと、遅そうなクロのランパンギャルを見つけた。
何とか着いて行こう!! あと12q 頑張るか。
10qまで50分、ということは1q5分ちょうどのペース、これはかなりいいペース。
この調子だと1時間58分(東京シティハーフ予選通過タイム)は切れるかも?
何となく欲がでてきた矢先、次第に手先がしびれ、全身鳥肌・冷たくなってきた。多分脱水症状だろう!給水所までもう少しだ! あと10q もう勘弁してくれ〜。
給水をして、少し元気を取り戻した。周りのペースも落ち着いている。1qごとの距離標示と買ったばかりの時計とにらめっこ。何とか5分30秒台をキープしたい!!
あと8q 周りのランナーは「きつく」ないのか? いや「きつい」はず!
ふと気がつくと、クロパンの姿が見えなくなっていた。まずい、ペースが落ちてた。
少しペースを上げる。かなり「ツライ」が、何とか追いつく。(まるでストーカー!)あと6q 走るしかないのか?!!
海兵隊さんや応援の人とが声援を贈ってくれる。有り難い。何とか頑張るが「ツライ」 あと3q もう少しだ!!!
周りのペースも次第に上がってきた。スタート地点で、久美子の隣にいたフィラのタンクトップ(ヘソが出てる奴)にあっさり抜かれる!!。もしや、久美子はすぐ後ろにいるのか?とりあえず、クロパンを抜きラストスパート!! のはずが、思うように脚が前に出ない。 あと1q クロパンに抜き返されるのか?
はじめてのハーフ、20qを超えてからの1qがとっても長〜い。
時間だけが容赦なく過ぎていく、時計とにらめっこ。何とか1時間50分を切りたい。あと500m 脚が前に出ない!
5qの部に出場した長男(康介)と次男(大介)が、ゴール前で応援してくれる。
声援に迎えられ、ついに、ついにゴール。
つかさず時計を止める。この瞬間を待ってた。
1時間50分40秒 上出来!!!
すぐに久美子もゴールしてきた。1時間55分10秒 危なく抜かれるところだった!!今回はセーフ
康介と大介は、ゴールするまで兄弟で、デッドヒートしてたらしい。はじめての大会しかも雨、よく頑張った。えらいぞ!
ふと考えると、何で1時間50分を切れなかったのか???
これは、今後の課題だ!(おや、また走る気か?)
今日は、思いっきりビール飲み放題、このために電車で来たのだ。ビールとハンバーガー、美味い。そろそろ帰ろ〜。
お疲れさま・・・・・だれもほめてくれないので、自分でほめてやる。えらいぞ!!!!
とうとう最後まで、あのクロのランパンギャル(小柄な女性)の顔を見ることはなかった。
1999年4月 初ハーフマラソン日記
綱島康洋